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東京高等裁判所 昭和52年(行ケ)40号 判決

原告

ユニロイヤル・インコーポレーテツド

被告

特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

この判決に対する上告期間につき、附加期間を90日とする。

事実

第1当業者の求めた裁判

1  原告

特許庁が、昭和51年9月21日、同庁昭和47年審判第4170号事件についてした審決を取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

2  被告

主文第1、2項と同旨

第2当事者の主張

1  請求の原因

1 特許庁における手続の経緯

原告は、昭和43年12月18日、1968年(昭和43年)1月5日のアメリカ合衆国における出願に基づく優先権を主張して、名称を「確実伝動輪ベルト」とする発明(以下、「本件発明」という。)につき特許出願(昭和43年特許願第92420号)をしたが、昭和47年3月9日拒絶査定がなされた。そこで、原告は、同年7月4日、特許庁に対し審判の請求をし、同庁昭和47年審判第4170号事件として審理され、昭和49年7月22日に出願公告(昭和49年特許出願公告第27891号)されたが、バンドー化学株式会社および三ツ星ベルト株式会社から特許異議の申立があり、昭和51年9月21日、「本件審判の請求は成り立たない。」旨の審決がなされ、その謄本は、同年10月13日に原告に送達された。

なお、原告のための出訴期間として3か月が附加された。

2  本件発明の要旨

「ほとんど伸びない引張り材と、該引張り材の少なくとも片側に設けられた弾力性物質の歯と、上記引張り材上の弾力性裏打ち層とを有する確実伝動ベルトにおいて、補強繊維を上記裏打ち層に分布させかつ上記引張り材を経て上記弾力性物質の歯の中まで延在させたことを特徴とする確実伝動ベルト。」(別紙図面(1)参照。)

3  審決の理由の要旨

(1)  本件発明の要旨は、前項のとおりと認める。

(2)  これに対して、特許異議申立人バンドー化学株式会社による特許異議の申立ての理由における甲第1号証(本訴甲第3号証)刊行物フランス特許第1475551号明細書には、引張り材がなく、歯部をもつた補強繊維が全面的に分布された弾力性物質の確実伝動ベルト(別紙図面(2)第1図)、ほとんど伸びない引張り材と引張り材の少なくとも片側に設けられた弾力性物質の歯部と引張り材上の裏打ち層とを有し、補強繊維を弾力性物質の歯部の中に分布させた確実伝動ベルト(別紙図面(2)第2図)及び弾力性裏打ち層にのみ補強繊維を分布させ引張り材を伴なわない弾力性物質の歯部をもつ確実伝動ベルト(別紙図面(2)第3図)について記載されており、さらに各図示の実施例の特長の組合せもある旨が記載されている(3頁右欄下より11行~8行)ものと認める。

そこで本件出願の発明と甲第1号証(本訴甲第3号証)刊行物に記載の第2図のベルトと比較検討すると、後者において補強繊維が歯部のみに分布されているのに対し前者では引張り材を通して補強繊維が歯部と裏打ち層とに亘つて分布している点で相違するのみで、両者は、その他の点では同一であると認められる。そうして、甲第1号証(本訴甲第3号証)刊行物の図示の実施例の特長の組合せが示唆されていることからすれば、第2図のものに第1又は3図のものの特長を組合せると第2図のものの歯部と裏打ち層との両方に亘つての補強繊維の分布されている本件出願の発明に相当するものが当然出現する。

しかも、本件出願の明細書の記載(4頁15~17行)によれば、本件出願の発明のベルトは、アメリカ合衆国特許第3078206号明細書に記載された製造方法で製造されることが好ましいとされている。すなわち、その方法は、溝付ドラム型に巻きつけた引張り材の上から弾力性物質の材料を加熱加圧して引張り材を通して型の溝内へ押し込み、引張り材を挾んで歯部と裏打ち層とをもつ確実伝動ベルトの製造方法である。同明細書には、材料に補強繊維を混入することは直接示されていないが、先にも述べたとおり、甲第1号証(本訴甲第3号証)刊行物に、確実伝動ベルトの全部に、また、畧、歯部のみに補強繊維を分布させることが記載されているから、前記の製造方法で弾力性物質の材料に補強繊維を必要に応じ適当に混入しておくことは当業者が容易に考えられた程度のことと認められる。そうすれば、ここにおいても又、必然的に本件出願の発明は出現するのである。

したがつて、本件出願の発明は前記甲第1号証(本訴甲第3号証)刊行物に記載されたものに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

4  審決を取り消すべき事由

フランス特許第1475551号明細書(以下、「引用例」という。)の記載内容ならびに本件発明と上記引用例との一致点および相違点が、いずれも審決認定のとおりであることは争わない。

しかしながら、本件審決は、つぎの誤つた判断を前提として、進歩性を否定したもので違法であるから取り消されるべきである。

(1)  審決は、相違点に関し、引用例において各図示された実施例の特長を組み合わせることが示唆されていることからして、第2図のものに第1または第3図のものの特長を組み合わせると第2図のものの歯部と裏打ち層との両方に亘つて補強繊維の分布されている本件出願の発明に相当するものが当然出現すると判断したが、この判断は、以下述べるとおり誤りである。

(1) 引用例には、「本発明は、また、図面と以下の説明によつて得られる特性および都合によつては、それらの組み合わせにまで及んでいる。」(甲第3号証明細書3頁右欄下から11行ないし8行、訳文12頁12行ないし14行)との記載があるが、特許明細書におけるこの種の記載は、発明の内容が、その技術的思想の範囲内においては、明細書中の具体的記載事項以外のものにまで及ぶことの確認的表明であり、裏をかえせば、当該発明の技術的思想の範囲を逸脱する事項は、それにより示唆されるものとは到底いえないということである。

したがつて、引用例の前叙のいわゆる「組み合わせ」もその発明の目的の範囲内にあるものでなければならないことになる。しかるに、引用例の発明は、引張り材の存在によつて製造が非常に面倒であつた従来のベルト製造における困難を解消し、歯元面に生じる永久変形を防止するために、ベルト部材と繊維を固く化学結合させることにより、ベルトの引張り力を受け持つ引張り材の役割を果させ、従来の引張り材を不要にし、歯元面の変形抵抗を高めるものであるから、その発明の目的からすると、第2図のものに、第1または第3図のものの特長を組み合わせても、本件発明に相当するベルトは出現しない。

なぜなら、第2図のベルトに第1図のベルトの特長を組み合わせることは、第2図の引張り材を第1図のベルトに配した構成となり、また、第2図のベルトと第3図のベルトの特長を組み合わせるとしても引張り材を配置することになるから、引張り材を不要とするという引用例の発明の目的の範囲外のものとなり、その技術的意義を否定することになるからである。してみると、引用例において示唆される図示の実施例の特長の組み合わせといつても、結局、第1図と第3図以外のものは実質上存しないのである。

(2) 仮に、引用例における図示の実施例の特長の組み合わせが、その発明の目的の範囲を越えて示唆されているとしても、これら各図のものの組み合わせによつて、本件発明のものが出現することはない。

本件発明は、ベルトの歯の破損の防止を目的とし、歯部材を剪断力に対して強化するため、補強繊維を裏打ち層から引張り材を経て弾力性物質の歯の中まで延在させることによつて、剪断力(特に、歯部材の引張り材との境界面からの破損)に対して強化するものであり、補強繊維を裏打ち層から引張り材を経て歯の中まで延在させる構成は、最も重要な要件である。これに対し、引用例は、繊維を分布させ、それをベルトの母材と強固に化学結合させることによつて、母材自体を強化するもので、そこには、補強繊維を引張り材を経て延在させることにより補強繊維から引張り材へ剪断力の形で力が伝達されるための構成に関する技術思想は、何ら記載されていない。なお、そのような構成をとることを可能ならしめる製造方法も開示されていない。

してみると、第2図の裏打ち層を第3図の裏打ち層をもつてする構成においても、「補強繊維を裏打ち層から引張り材を経て歯の中まで延在」させる要件を導き出すことはできない。また、第1図のベルトに第2図の引張り材を組み合わせた場合においても、引用例の発明が、前記の目的のための構成をとるものであるから、これに基づいて、目的を異にする本件発明における歯部材の剪断力に対する強化のため「引張り材を経て」補強繊維を分布させる構成を推考することはできない。

(3) 以上のとおり、本件審決は、引用例の発明の目的の範囲を越えて、別の効果に奉仕する本件発明の構成を、図示の実施例の特長の組み合わせから導き出そうとするものであるから、論理に無理があることは当然であり、この引用例に基づいて、本件発明を容易に推考し得たものとしたのは誤りである。

2 被告の答弁および主張

1 請求の原因1ないし3の事実は、認める。

2 同4の取消事由の存在の主張は、争う。

引用例には、「また、この発明は、下記の記載および添付図面ならびにそれらの可能な組み合わせの結果得られる特徴にも及んでいる。」との記載がある(甲第3号証明細書3頁右欄下から11行ないし8行の正訳)。

このことは、第2図のものと第1図または第3図のものとの組み合わせを示唆するものである。この示唆に基づいて組み合わせたものを考えると、引張り材(針金、撚線、織物が慣用で、第2図のものは、撚線と認められる。)と引張り材の少くとも片側に設けられた弾力性物質の歯と、引張り材上の弾力性裏打ち層とを有し、補強繊維が裏打ち層に分布し、引張り材を経て弾力性物質の歯の中まで延在した確実伝動ベルトという本件発明と同一の構成のものが考えられる。

引用例の第2図には、在来の引張り材を配したベルトが図示されていることからも、引用例には、引張り材を不要とした技術以外の技術が含まれている。しかも、特定の特許明細書を技術文献として引用する場合には、その発明の主たる目的である発明のみを引用の対象とすべき必要はなく、その明細書全般に亘つての技術内容が対象となるものである。

本件発明のベルトは、従来の種々の方法(たとえば、甲第4号証-米国特許第3078206号-に記載の方法)で、型を用いて加圧成形される前に、原料に補強繊維を装填して成形されるのである(甲第2号証3欄20行ないし40行、6欄6行ないし8行)。他方、引用例に記載されているベルトも、プレス作業、鋳造、射出成形または押出プレスなどの従来からの普通の方法で成形されるもので、また、補強繊維は、あらかじめ、供給原料中に混合しておくのである。

そこで、第2図のものと第1図または第3図のものとの組み合わせにおいて、同じように製造すれば、補強繊維が、裏打ち層に分布し、かつ、引張り材を経て弾力性物質の歯の中まで延在した本件発明と同じ構成で同じ効果を奏するものが生ずるのである。

このように、あらかじめ、補強繊維を原料に混入したうえで、従来の公知の成形方法で製造するという技術的背景を共通にすることを考えれば、引用例の第2図のものと第1図または第3図のものを引用例に記載された示唆により組み合わせて、本件発明と同一の構成をもち、同一の効果を奏するものを構成することは、当業者が容易になし得る程度のことである。

また、確実伝動ベルトや歯車などの歯をもつた伝動要素において、歯部から内部への力の伝達、すなわち、その要素の伝達力は、その要素の剪断強さに影響されることは、すでに技術常識であつて、本件発明の目的が、補強繊維を弾力性物質中に分布させることによりその物質の剪断強さを強化するところにあり(甲第2号証1欄26行ないし2欄25行)、引用例のものの目的も、弾力性物質の強化、特に、第2図のものは、その構成から剪断強さの強化にあると考えられる。

このように、確実伝動ベルトという同一物品で同一構成のものに関して、その材料的強化、特に剪断強さの強化という共通の目的を有する範囲にあつては、本件発明の目的、効果が、当業者にとつて、予測できないものとはいえない。

以上のことから、本件発明は、引用例から当業者が容易に発明することができたものとして、進歩性を否定した審決には、何ら誤りはない。

理由

1  請求の原因1ないし3の事実は、当業者間に争いがない。

2  そこで、審決を取り消すべき事由の有無について判断する。

審決の引用にかかるフランス特許第1475551号明細書(甲第3号証)の添付図面中、第2図のベルトにおいては、補強繊維が歯部のみに分布しているのに対し、本件発明のベルトでは、引張り材を通して補強繊維が、歯部と裏打ち層とに亘つて分布しており、両者のものは、その点において相違するのみで、その他の点では同一であることは、当事者間に争いがない。

1 まず、上記の相違点である本件発明の特長に関し、引用例が、第2図のものに第1または第3図のものの特長を組み合わせることを示唆しているかどうかについて検討する。

一般に特許明細書は、特許発明の技術的範囲を明示した権利書であるとともに、その発明の技術的内容を公開するための技術文献であり、本件においても、引用例の明細書(甲第3号証)は、公知の技術文献として引用されたものであるから、引用の対象となる技術内容は、必ずしもその発明が直接目的とした部分に限られる理由はなく、その特許明細書全体に開示された技術内容が引用の対象となりうるものである。

成立に争いのない甲第3号証によれば、引用例には、実施例として第1ないし第3図が図示され、かつ、「また、この発明は、下記の記載および添付図面から得られる特長ならびにそれらの可能な組み合わせにまで及ぶ。」旨の記載があることが認められる(同明細書3頁右欄下から11行ないし8行)。そして、同号証によれば、引用例の発明が主として狙いとするところは、ベルトの弾力性物質の母材の中に補強繊維を分布させることによつて、引張り材を不要とする点にあることが認められ、他方、本件発明のベルトは、補強繊維を装填した弾力性物質の母材の中に引張り材を配置したものであるということは、発明の要旨から明らかであるから、本件発明と同一構造のものは、引用例の技術的思想と必ずしも合致しないということができ、そのことからすると、本件発明のごとく引張り材を配したものが、引用例の発明の技術的思想の範囲内における「組み合わせ」自体の中には含まれていないと考えるのが妥当である。しかしながら、引用例の明細書を、確実伝動ベルトの構造に関する技術文献としてそこに開示された技術内容を全般的にみると、同明細書中の前記第2図には、従来の引張り材を配置した構成のベルトが図示されており、かつ、「なお、在来の織物製引張帯を含む伝動ベルトの中に本発明によつて補強されたポリウレタンエラストマよりなる単一の層を挿入することも可能であり、これも、本発明の範囲内に含まれる。」との記載(3頁下段、左欄末行ないし右欄5行、訳文12頁6行ないし9行)や前に指摘した「組み合わせ」に及ぶ趣旨の記載があることからして、同明細書の実施例として、第1図ないし第3図に示されたベルトの構造について、これらを種々組み合わせて用いることができることは、示唆されているものとみるのが相当であり、組み合わせの具体的な構造については、当業者が、それぞれの課題解決の必要性により自由に考えうるものと判断される。

本件審決における「そうして、甲第1号証(本訴甲第3号証)刊行物の図示の実施例の特長の組合せが示唆されていることからすれば、第2図のものに第1又は第3図のものの特長を組合せると第2図のものの歯部と裏打ち層との両方に亘つて補強繊維の分布されている本件出願の発明に相当するものが当然出現する。」(2丁表8行ないし13行)との記述における「組合せが示唆されている……」というのも上記の趣旨と理解できる。

2 さらに、本件発明の目的、効果を引用例のものと対比しながら検討する。

引用例の説明の中には、「なお、歯付き伝動ベルトの場合は、大きな応力を受ける歯元面に永久ひずみの生ずる危険がある。」(甲第3号証1頁左欄下から16行ないし13行、訳文2頁4行ないし5行)、「しかも、駆動ベルトを形成する材料として、ポリウレタンを使用し、かつ、これに成分繊維を混合し、熱可塑性によつて、該繊維を材料と堅く結合するように変換させれば、歯元面区域にひずみの生ずる傾向を阻止し得ることが実証できる。」(同1頁右欄6行ないし13行、訳文2頁下から2行ないし3頁3行)、「第2図は、走行引張層1を備えた伝動ベルトの1部分を示す。この場合は、歯車と係合する歯2は、形の安定性を増すために本発明により、繊維を添加したポリウレタンによつて形成され、かつ前記引張層1を被覆する層3は、繊維を含まないポリウレタンエラストマによつて形成されている。」(同4頁左欄3行ないし11行、訳文13頁1行ないし6行)などの記載があるから、引用例には、歯付きベルトにおいて、歯部分に成分繊維を混入することにより、歯部分にひずみが生じないように強化することが示されており、さらに、要旨(RESUME)として、「伝動ベルト、特にポリウレタンエラストマよりなる歯付き平ベルトにおいて、全体的にまたは部分的にポリウレタンエラストマよりなり、該ポリウレタンエラストマが、その中に固く固定された部分繊維(均一に配向配分されていない。)を含み、該成分繊維が前記歯に十分な強さを与えるようになつていることを特長とするベルト。」(同4頁要旨1、訳文15頁1)なる記載があることからしても、引用例のものが、成分繊維を歯付きベルトの全体に混入して歯に十分な強さを与えるようにすることを主な特長としていることは明らかであるから、歯部の強化は、引用例の発明が狙いとする目的の1つであるとみられる。

一方、本件発明は、「確実伝動輪ベルト、詳しくは、ベルト歯の剪断強さを大幅に高める改良型ベルト歯の構造に係る」(成立に争いのない甲第2号証-本件特許出願公告公報-1欄26行ないし28行)ものであるところ、引用例においても、「伝動ベルトに生ずる応力に対して、横断面上の特性を工合良く徐々に変化せしめんとする場合、特に歯付き伝動ベルトまたは台形断面を有するベルトの場合は、繊維含有度の異なる混合物によつて形成された複数の層を配置することもできる。」(甲第3号証3頁左欄下から13行ないし5行、訳文11頁下から3行ないし12頁2行)の記載があるごとく、引用例が、繊維の混入により、ベルトに生ずる応力に対する改善を求めるものであることは明らかであり、ベルトの歯部においては、剪断応力が働くものであることからすれば、これを改善するということは、歯の剪断強さを強くすることにほかならない。したがつて、本件発明の目的は引用例の発明の目的の1つと一致するとみるべきである。

また、甲第2号証によれば、本件発明における引張り材は特別のものとは認められず、引張り材と補強繊維との関係についても、「母材にかかる剪断荷重は、大幅に減少し、歯の全荷重は繊維から繊維へと引張り材へ伝わる。」(甲第2号証6欄8行ないし10行)と記載されているだけである。この記載自体は、剪断荷重の伝達される状態を示すのみで、格別、補強繊維と引張り材との構造的な関係を示すものとはみられず、他に補強繊維と引張り材の特段の関係についての記載も見当らない。

したがつて、本件発明によるベルトが、補強繊維と引張り材とが何らかの特定された結合をなし、これにより補強繊維および引張り材がそれぞれもつ効果の総和以上の特段の効果をもつものとは認められない。なお、原告は、剪断力に対する強化の一態様として、歯部材の引張り材との境界面からの破損に対する強化を指摘しているが、本件発明の明細書中には、剪断力をこのように解する趣旨の記載はないから、歯部材と引張り材との境界面の破損を特に強化したものともいえない。

そうすると、本件発明は、ベルトの弾力性物質の母材の中に、補強繊維と引張り材とを共存させたものにすぎないものと認められるから、本件発明の構成に困難性があるとはいえず、また本件発明の目的、効果と主張されるものも当業者にとつて予測できないものとはいえない。

3  そうすると、確実伝動ベルトにおいて、引用例の第1図に示されたごとく繊維を裏打ち層から歯の中まで全体に分布させたベルト中に、第2図に示されるような引張り材を共存させて、ベルトに引張り強さを与え、かつ歯部を強化するようにすることは、当業者において、容易に考えられるところであるから(なお、原告は、上記のようなベルトの製造方法が引用例に開示されていないとも主張するが、本件発明はベルトの構造に関するものであるから、この点は検討するまでもない。)、本件発明について、引用例に基づいて当業者が容易に発明することができるとして進歩性を否定した審決は、正当である。

3  以上のとおりであるから、審決に違法のあることを理由にその取消を求める原告の本訴請求は、失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第7条及び民事訴訟法第89条、附加期間の附与につき同法第158条第2項の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(小堀勇 舟橋定之 裁判官小笠原昭夫は、転勤のため署名押印することができない。)

〈以下省略〉

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